「見送る」と「見合わせる」の違いとは?分かりやすく解釈

「見送る」と「見合わせる」の違い言葉・カタカナ語・言語

この記事では、「見送る」【みおくる】と「見合わせる」【みあわせる】の違いと意味、例文を分かりやすく説明していきます。

「見送る」とは?

「見送る」とは?

自分の元から人が遠ざかる姿が見えなくなるまで見届けて、送ることを「見送る」【みおくる】と言います。

自分の顔を見るためわざわざ遠方から来てくれた来客と楽しい時間を過ごした後、玄関から出た後に姿が見えなくなるまで見届けることで相手への心使いを感じさせ、好感度を持ってもらえる行為を表します。

訪れた人が車に乗って駐車場を出るまで見送ったり、門を出るまで手を振りながら出発する場所まで自ら行き、去る人を後ろから見守って送るわけです。

「見合わせる」とは?

「見合わせる」とは?

物事の行く末がどうなるか分からないと思うときその様子を見るため、それまでの行動を一時的に辞めることを「見合わせる」【みあわせる】と言います。

よく使われているのが天候に左右される交通機関であり、強風のために電車が運行できない、バスが来る時間が遅れるとき「今日の運転は見合わせる」と使います。

悪い状況に陥ったとき、先に進むために行動するのではなく、あえて強風が弱まるのを待つとき「見合わせる」ことで危険を避けられるだけではなく、待つ時間に他のことすることで時間をうまく使えるわけです。

「見送る」と「見合わせる」の違い

「見送る」と「見合わせる」の違い

「見送る」「見合わせる」の違いを、分かりやすく解説します。

訪れた人が見えなくなるまで後方からそっと見届けて、「さようなら」と行動で気持ちを伝えるのが「見送る」であり、わざわざ遠方から自分の元へ訪れた来客者へ来てくれたことに感謝を込めてお見送りするわけです。

一方の「見合わせる」は、目の前の状況に問題が起こったときいい方向に向かうまで様子見るという違いがあります。

「見送る」の例文

「見送る」の例文

・『久々に会った友人が遊びに来て、電車で帰ることになったので駅まで見送る』
久々に会いに来てくれた友人が帰るときは、駅まで見送ることで大事な人へ感謝する気持ちを行動に表すわけです。

・『生前、母が好きだった音楽を会場に流して見送ることにした』
最近は、葬式も個性的な時代になり、会場に生前好きだった音楽を流したり、趣味のものをお棺の中に入れるなどして手厚く「見送る」人が増えています。

「見合わせる」の例文

「見合わせる」の例文

・『家の近くに雷が落ちて停電になったので出かけるのを見合わせた』
激しく雷が鳴っていたと思ったら電信柱に落ちて停電になったので、危険だと感じた人は出かけることを「見合わせる」わけです。

・『朝からおなかが痛いので、今日は会社に行くことを見合わせることにした』
具合が悪いときは無理をせず家で安静にして、状態が良くなるまで様子を見るのもいい治療方法です。

まとめ

まとめ

どちらも自分が相手に対して見せる行動ですが、「見送る」は親しい人や愛する者を見届けて送り出すときに使い、「見合わせる」は悪い状況が良い方向へと変わることを期待して、一時的に行動しないという考えと行動の違いがあると覚えておくといいでしょう。