この記事では、「疑問」と「疑念」の違いを分かりやすく説明していきます。
「疑問」とは?
「疑問」(ぎもん)は、疑わしいと思うことに使われる言葉です。
「彼の説明には、些か疑問がある」と使われた時には、その説明の中に疑わしい点があったということになります。
意味としては、その「疑わしい」となりますが、「分からない」という解釈でも使うことができ、「何か疑問があれば、直接聞いてくれて構わない」のように使われた時には、そちらの意味だと考えていいでしょう。
ですが、この解釈は本来の意味から転じたもので、正確な意味という訳ではありません。
「疑念」とは?
「疑念」(ぎねん)は、疑わしいと思う気持ちという意味になり、「あの説明には、些か疑念を抱いた」などと用いられます。
この場合、疑わしいと思わざるを得ない点があると感じたと言っていると解釈してください。
そう思った場合時にはこれを「抱く」、無くなすことには「払拭する」といった使い方になることが多い言葉で、「抱いていた疑念が払拭された」とすると、疑わしいと考えていたこと、そのような点が晴れたと表現しています。
「疑問」と「疑念」の違い
「疑問」と「疑念」の違いを、分かりやすく解説します。
「疑問」は、疑わしい、または分からないということがあった場合に使われる言葉で、「疑問点だらけだ」と使われた時には、分からないことばかりだと言っているのだと考えていいでしょう。
「疑念」には、分からないという解釈は含まれず、疑わしいと思う気持ちそのものを指す言葉になります。
「更に疑念が深まった」と使うと、ますます疑わしくなったことの表現となり、「疑念しか感じない」とした時には、疑わしいとしか思えないと言っています。
まとめ
「疑問」と「疑念」は、このように異なります。
「疑問」は、理解できない時にも用いられる表現で、分からない、理解できない為に「疑わしい」という解釈に繋がるという具合に捉えるといいでしょう。