「濡手で粟」と「漁夫の利」の違いとは?分かりやすく解釈

「濡手で粟」と「漁夫の利」の違い言葉・カタカナ語・言語

この記事では、「濡れ手で粟」「漁夫の利」の違いを分かりやすく説明していきます。

「濡れ手で粟」とは?

「濡れ手で粟」とは?

「濡れ手で粟」とは、濡れた手で粟を掴むとどうなるのか。

ということから考えられた言葉です。

濡れた手で粟を掴むと手が濡れているため、粟粒は自然に手にたくさんついてきます。

何もしない手で粟を掴むよりも簡単に多くの粟を掴むことができるのです。

粟は乾燥したもので非常に軽い五穀の1つです。

そのため、手で簡単に掴むことはできるのですが、濡れた手の方がより一段と手にくっつきいとも簡単に掴むことができます。

このような様子から、「濡れ手で粟」には、苦労せずに成功すること、といった意味となり、粟をお金に見立て、苦労せずにお金を稼ぐ事ができること、簡単にお金を手に入れること、といった意味になります。

「濡れ手で粟」の使い方

「濡れ手で粟」の使い方の基本は、簡単にお金を手に入れることができた際に例えとして使うことが多くなります。

また、「濡れ手で粟」「濡れた手で泡」と思っている人も少なくありませんが、「粟」「泡」と書く、「濡れ手で泡」は間違いです。

「漁夫の利」とは?

「漁夫の利」とは?

「漁夫の利」は、漁夫が得をした様子を表した言葉です。

シギとハマグリが争っている際、漁夫が争いに夢中なシギとハマグリの両方ともを捕まえたことから、両者が争っていることにつけこみ、その隙を見て第三者が何も苦労することなく、すべて横取りしてしまうといった意味となります。

「漁夫の利」の使い方

「漁夫の利」の使い方は、第三者が苦労せずにAとBから何かを横取りするといったものとなります。

横取りするものは、お金でも成果でも自分にとって得と思われるものなら、どんなものでも対象です。

「濡れ手で粟」と「漁夫の利」の違い

「濡れ手で粟」と「漁夫の利」の違い

同じように特に苦労せずに得を得ることができたといった意味の「濡れ手で粟」「漁夫の利」ですが、「濡れ手で粟」の場合は、一人でも成立するものに対し、「漁夫の利」の場合は、2人、2組といった相手がいなければ成立しない、そんな違いがあります。

「濡れ手で粟」の例文

「濡れ手で粟」の例文

・『有名人がSNSで取り上げてくれただけで一気に商品が完売するなんて、まるで、濡れ手で粟です。』

・『友達の付き合いで購入した宝くじが大当たり。濡れ手で粟といった感じです。』
・『努力している人には申し訳ないが、私は玉の輿に乗り濡れ手で粟で、今の贅沢な生活を掴むことができました。』
・『なんの努力もせずに、濡れ手で粟で商売に成功している奴が憎たらしい。』

「漁夫の利」の例文

「漁夫の利」の例文

・『足が遅い私が50メートル走で1位になれたのは、トップ争いをしていた2人がゴール手前でこけたおかげです。その様子を見た母に、「まるで、漁夫の利ね」と言われました。』

・『同僚同士が足の引っ張り合いを行っている間に、漁夫の利のように私1人先に出世することができた。』

・『ライバル企業同士が互いに足を引っ張り合ってくれたおかげで、漁夫の利のように当社の企画がコンペを通過することができた。』

・『政党内で2つの派閥争いが勃発する中、三番手であった私の派閥が漁夫の利のように政党内での力を高めることができました。』

まとめ

まとめ

以上のようなことから、「濡れ手で粟」「漁夫の利」は、相手の有無を踏まえ使い分けることが大切です。