歴史でも必ず習う「平安京」と「平城京」。
この記事では、「平安京」と「平城京」の違いを分かりやすく説明していきます。
「平安京」とは?
「鳴くよウグイス平安京」といった語呂合わせで年号を覚えた人も多い「平安京」の遷都は、平安時代の始まりとなる794年です。
桓武天皇が遷都した都です。
場所は、現在の京都市の一部で、794年から1868年の間、約1100年間、その場所が日本の都として栄えていました。
「平安京」の特徴は、東西南北に道を作る碁盤の目のような区画整理で、これは、唐の都長安を参考にして作られたものとなります。
この区画は、今なお、京都市内に残っています。
大きさは、南北5. 32km、東西4. 57kmです。
北部中央に大内裏、そこから南に朱雀大路(現・千本通)を設置し、都を右京と左京に分けて機能させていました。
その後、残念ながら応仁の乱によって、京都の街の大部分が焼失してしまいました。
「平城京」とは?
「なんと、きれいな平城京」などといった語呂合わせで年号を覚えた人も多い「平城京」の遷都は、710年に元明天皇によって行われました。
その前の藤原京は16年ほどしかなく、短い期間で「平城京」に遷都された理由は、いくつかある事がわかっています。
宮の位置が悪いといった説や疫病の蔓延、占いの結果などといった説。
政治上の思惑があったとも言われています。
実際、「平城京」があった、現在の奈良市と大和郡山市の一部には、皇居などの重要な部分だけしかありませんでした。
そんな「平城京」は710年から784年まで続き、大きさは、南北約4. 7km東西6. 3km。
唐の長安を参考にして作られた街となります。
街は、東西南北に走る道路で区画整理され、左京と右京に分かれていました。
左京には、今も残る興福寺や元興寺。
観光名所として有名な東大寺は、左京や右京の中にはなく、外京よりさらに外側にあります。
「平安京」と「平城京」の違い
どちらも、日本の歴史を知るうえで需要な都を意味する「平安京と「平城京」。
しかし、それぞれ、遷都された時代や場所などに違いがあります。
まず、710年に遷都されたのが「平城京」で、その後、794年に遷都されたのが「平安京」。
場所も「平城京」は奈良市と大和郡山市の一部で、「平安京」は京都市内となります。
「平城京」は、元明天皇が遷都し、「平安京」は、桓武天皇が遷都しています。
ただし、共通した点もあり、どちらの都も唐の長安を参考にして作られた町並みで、道路を東西南北に走らせ、碁盤の目のように区画整理されています。
以上のように、遷都された時期も遷都した天皇も遷都した場所も異なる「平安京」と「平城京」となります。
遷都された順で比較すれば、「平城京」の方が「平安京」よりも先となります。
まとめ
以上が、「平城京」と「平城京」の違いです。
日本の歴史を学ぶうえで欠かすことができない「平安京」と「平城京」。
遷都した時代も場所も異なるため、それぞれ間違えることなく覚えておく必要がある大切な歴史となります。