この記事では、「義絶」と「勘当」の違いを分かりやすく説明していきます。
「義絶」とは?
親子や兄弟などの関係を絶つことです。
自分を生んだ人、同じ親から生まれた人など、肉親との関係を終わりにすることを意味しています。
子弟の関係や主従関係のことではありません。
どうしてこのような状態になるのかは、意味に含んでいません。
人それぞれ事情があり、そうならざるを得ない場合があります。
しかし、この言葉は肉親が死んで関係がなくなってしまうことではありません。
たとえば、親が暴力的で子どものころからずっと暴力を受けてきていたとします。
大人になった今は、さすがに物理的な暴力を振るわれるということはなくなりましたが、言葉による暴力があります。
また、過去のことを許せない気持ちを持っています。
そのため、もう親と一切かかわりたくないという気持ちがあります。
親が介護を必要としても面倒は見たくないし、亡くなったときに葬式に出ることもしたくないです。
一切かかわりたくないのです。
そこで、親との関係をきっぱりと絶つことにしました。
今後かかわることはありません。
このような事柄を意味する言葉です。
「義絶」の使い方
血のつながりのある人との関係を絶つという意味で使用をします。
日常会話でこの言葉を使用することは滅多にありません。
「勘当」とは?
親が子との関係を切ること、師が弟子との関係を切ること、主が従者との関係を切ることです。
上の立場もののが下の立場のものとの関係を終わりにすることを意味します。
逆の場合のことではありません。
なぜこのようなことをするのかは意味に含まれていません。
たとえば、学校にまともに通わずに悪い人たちと付き合い、親の金を持ち出し、遊んでばかりの子どもがいたとします。
この子どもを改心させようとしたのですが、思う通りになりません。
悪い行動はエスカレートしていき、親の手には負えなくなってきました。
やがて大きくなり、一人で生活していけるほどの年齢になりました。
成人前は一応は面倒を見ていましたが、今後は一切面倒を見たくないし、一切かかわりを持ちたくないです。
一切顔を出すな、今後電話などもしてくるなと子どもに言い渡しました。
このように関係を終わりにすることを意味します。
「勘当」の使い方
親が子との、師が弟子との、主が従者との関係を切ることという意味で使用をします。
「義絶」と「勘当」の違い
つながりがあったものをない状態にするという意味が似ていますが、どういった関係なのかという点に違いがあります。
「義絶」は血のつながりがある人だけに使用をする言葉です。
親が子との、子が親との関係を切ることや、兄同じ親から生まれた人との関係を切ることをいいます。
「勘当」は産んだ人との関係だけでなく、師と弟子、主と従者の関係についてもいいます。
「義絶」の例文
・『息子を義絶した』
「勘当」の例文
・『勘当同然の扱い』
まとめ
関係を終わりにするという意味が似ていますが、どういった関係なのかという点に違いがあります。