「拝む」と「祈る」の違いとは?分かりやすく解釈

「拝む」と「祈る」の違い言葉・カタカナ語・言語

この記事では、「拝む」「祈る」の違いを分かりやすく説明していきます。

「拝む」とは?

「拝む」とは?

「拝む」には3つの意味があります。

1つめは、神仏などに、両手をあわせて、頭を下げて、強く願うことです。

お願い事があるときに神社に出かける人はいることでしょう。

そのときに、拝殿の前で両手をあわせて、何かを強く求めるはずです。

たとえば、受験に合格したいという場合は、両手をあわせた状態で「受検に合格しますように」など、心の中で強く思ったり、口に出したりします。

このときの行為を意味しています。

2つめは、お目にかかるです。

また、珍しいものや大事なものなどを見させてもらうことです。

お目にかかるとは、会うの謙譲語です。

へりくだった表現で、相手に敬意を表します。

3つめの意味は、そのことだけを願うことです。

願うことが叶っても叶わなくてもいいという適当な態度ではなく、熱心に願うこと、熱心に頼むことを意味します。

人間が人間に対して行う行為を主にいいます。

「拝む」の使い方

神仏に手をあわせて願うという意味で使うことが多いです。

また、熱心に願うことや、お目にかかることにも使用されます。

「祈る」とは?

「祈る」とは?

「祈る」には2つの意味があります。

ひとつは、神仏に強く願う、目的が達成されるように神仏に願うです。

治療が難しいとされる病気になったとします。

もう手を尽くすことができない状態になると、神や仏に願いたくなることがあります。

そのようなとき、「病気が治りますように」など強く心の中で思ったり、言葉に出したりして、神や仏に伝えます。

神社や寺などに行くこともあるでしょう。

この行為を意味しています。

もう一つの意味は、こうなって欲しいと心から思うことです。

子どもが夜遅い時間になっても帰宅しません。

事故にあったのではないかと、親は不安になってきました。

「子どもが無事に帰ってきますように」と願っています。

無事に帰ってきて欲しいと心から思っているのです。

これを「無事を祈る」といいます。

「祈る」の使い方

何かを願うという意味で使用をします。

神仏に対する行為も、それ以外に対する行為もいいます。

「拝む」と「祈る」の違い

「拝む」と「祈る」の違い

神や仏に願うという意味が同じです。

「拝む」は手をあわせて、頭を下げた状態で願うことをいいます。

また、「拝む」にはお目にかかる、強く求めるという意味もあります。

「祈る」には神仏に対する行為だけでなく、心の中で願う意味もあります。

「拝む」の例文

「拝む」の例文

・『拝殿で拝む』
・『この場所ではいつでも拝むことができます』
・『初日の出を拝む』
・『猫が拝むポーズをしている』

「祈る」の例文

「祈る」の例文

・『健康を祈る』
・『祈ることしかできない』
・『○○さんのために祈る』
・『平和な日々がくることを祈る』

まとめ

まとめ

神仏に対する行為について、2つの言葉は同じ意味を持っています。

どちらの言葉もこの他の意味を持っており、その点に違いがあります。