「自尊心」と「羞恥心」の違いとは?分かりやすく解釈

「自尊心」と「羞恥心」の違い言葉・カタカナ語・言語

この記事では、「自尊心」「羞恥心」の違いを分かりやすく説明していきます。

「自尊心」とは?

「自尊心」とは?

「自尊心」は、「じそんしん」と読み、「セルフエスエィーム」と呼ばれる事もある心理学用語のひとつです。

「自尊心」とは、自分に対しての肯定的な態度で、「自己肯定」「プライド」といった言葉でも表されます。

「他人からどう思われているか」ではなく、「自分自身が自分の事をどう思っているか」という事が「自尊心」という事になります。

「自尊心」は自分の性格や人格の構成や、情緒の安定に極めて重要な要素と考えられており、「自尊心」を持つ事が自分の自我を保つと言っても過言ではないでしょう。

「自尊心」には自覚できている「自尊心」と、自覚されない「自尊心」の2種類が存在し、自覚できている「自尊心」は感情の一部や考え方として顕著に表れるために、自分で把握しやすいという特徴があります。

対して自覚されていない「自尊心」は、無意識の中で行われる「自尊心」であり、言わば心に秘められたプライドであるため、自覚する事は難しいと言えるでしょう。

日本では、自分に対して満足しているという人が外国に比べ低いという結果が出ており、日本人の「自尊心」は下がり続けている傾向にあるそうです。

「羞恥心」とは?

「羞恥心」とは?

「羞恥心」「しゅうちしん」と読み、簡単に言うと「恥ずかしいという気持ち」を表した言葉です。

自分の行動や言動がきっかけで何かに失敗してしまったり、対人関係における失敗について「恥ずかしい」という気持ちを持つ事を「羞恥心」と呼びます。

「羞恥心」は誰しもが思う事のある感情で、自分の失敗について「恥」だと感じその現実から逃げ出したいという気持ちや、その失敗をなかった事にしたいと思う気持ちを覚える事があります。

さらに、その「恥」がきっかけで、周囲から拒絶されている、避けられているという孤立感を感じてしまったり、その失敗を笑われていると感じてたりする事もあるのです。

場合によって自分の言動について他者から「大きく褒められる」という行為すら、「羞恥心」が発生する原因となり得ます。

「自尊心」と「羞恥心」の違い

「自尊心」と「羞恥心」の違い

「自尊心」「羞恥心」は、根本的な感情が異なっています。

「自尊心」は自分が自分に対してどう思っているのかという感情であり、その感情がどのような気持ちであるのかは問われません。

「羞恥心」「恥ずかしい」という気持ちのみに焦点が当てられた感情で、主に自身の言動が原因で起こった失敗について、他者に対して「恥ずかしい」という感情を抱いくことについて「羞恥心」と呼ばれます。

まとめ

まとめ

「自尊心」「羞恥心」は、どちらも人として必ず感じている感情であると言えます。

誰しもが「自尊心」、つまり自分が自分の事をどう感じているかという事を考えた事があるでしょうし、失敗を恥ずかしいと思う「羞恥心」を感じた事があると思います。

どちらの感情も人が人格や性格を形成していく上で非常に重要な感情であると言えるでしょう。