「災難」と「受難」の違いとは?分かりやすく解釈

「災難」と「受難」の違い言葉・カタカナ語・言語

この記事では、「災難」【さいなん】と「受難」【じゅなん】の意味や使い方、違いを分かりやすく説明していきます。

「災難」とは?

「災難」とは?

思ってもみなかったことがいきなり身にふりかかってくることを「災難」【さいなん】と言います。

不吉であったり、不幸な出来事が起きたとき「災難だ」とその災いとも思える難儀なことに対して残念に感じるわけです。

悪い結果が起こる突然ふりかかる「災難」は予期せぬ出来事であるため、驚き、ひどく動揺してしまった人は恐怖で足がすくみ、身動きが取れない状態で困ってしまいます。

そのような自分の身に突然ふりかかる「災難」「災厄」とも言い、前もってそのような災いに遭わないようにするため万全を期して物事に取り掛かることが必要だと考えて行動するのです。

「受難」とは?

「受難」とは?

人が苦痛を感じるほど難儀なことに遭うことを「受難」【じゅなん】と言い、つらさと悲惨な状況に陥る自分の人生に悲観します。

元々はイエス・キリストが処刑される罰を下されたときに感じる精神的な苦痛に苛まれ、倒れてしまいそうになる状態を表した神学用語でした。

精神的な苦痛だけではなく、肉体的につらいと感じる痛みに包まれるそのさまを「受難」とも言います。

自分だけではなく、恩師や家族が受ける精神・肉体的な苦痛を感じる人のつらさも「受難」と言い表すほどひどい難儀なことは人を悲しませ、つらいものなのです。

大地震や洪水などたて続けに「災害」が起きた年は「受難の年」と言い、次の年はそのようなことが起こらないよう村をあげて神様に祈ることもあります。

「災難」と「受難」の違い

「災難」と「受難」の違い

「災難」「受難」の違いを、分かりやすく解説します。

家族が病気になったり、家に強盗が入って拉致されたなど普段はあまり遭わないような災いに遭うことを「災難」と言います。

地震や津波、山火事などで生活に支障きたす災害に巻き込まれたときも「災難に遭う」と言い表すなど、大変なことに見舞われたとき当てはまります。

一方の「受難」は精神的・肉体的に苦しく感じ、やるせない気持ちになったとき当てはまる言葉であり、立ち直れないようなひどいことに遭った状態を指すという違いがあります。

「災難」の例文

「災難」の例文

・『突然の事故に巻き込まれた私は酷い災難に動揺して運転できなくなってしまう』
・『隣で火事が起き、飛び火で家が全焼してしまった妹は災難だった』
予想だにしない事故に遭うのもつらいですが、怪我すれば怖くなった人は運転できないと思ってしまう人もいます。

人から貰った飛び火が原因であったり、病気になるなど自分が原因ではないのに被害に遭ってしまうこともがっかりな「災難」の一つです。

「受難」の例文

「受難」の例文

・『受験は落ちるわ、階段から転げ落ちて骨折するはで受難の年だった』
・『友達を失ったり、人から病気をうつされたりとその年は受難続きだった』
あんなにも勉強したというのに志望校には落ち、階段からも落ちて骨を折るという肉体も精神もやられてしまう酷い年はつらいものです。

そんな「受難」はときに病気という形で襲い掛かってくることがあり、予防できずにうつされて寝込んでしまう人もいます。

まとめ

まとめ

どちらも自分に襲い掛かる残念な出来事でありますが、「災難」は肉体的につらいと感じる難儀なことが起こる状態を指し、「受難」は精神的にも酷く悩まされることに襲われると覚えておくといいでしょう。