「深遠」と「深淵」の違いとは?分かりやすく解釈

「深遠」と「深淵」の違い言葉・カタカナ語・言語

この記事では、「深遠」「深淵」の違いを分かりやすく説明していきます。

似たような言葉を今すぐ学んでいきましょう。

「深遠」とは?

「深遠」とは?

深遠(しんえん)とは、すぐに分からないくらい深いこと。

短時間で学びきれないくらい、奥が深いことです。

ひと言では言い表せないくらい、味わい深い学問や知見を深遠といいます。

深遠は「深い・遠い」がミックスした用語です。

「遠い」には「遠ざかる」という意味があります。

そのため日常からかけ離れている境地や、しみじみと味わいたくなる深い学びを深遠といいます。

「深遠な金字塔」「深遠な物語」そして「深遠な思想」など、おもに名詞とセットでつかいます。

「深淵」とは?

「深淵」とは?

深淵(しんえん)とは、限界がないこと。

底が見えないくらい、その極限が分からないものです。

こちらも物事の奥深さをあらわした表現です。

もともと「深淵」とは「深い淵」のこと。

淵(ふち)は川の中でも、もっとも水深がふかいスポットをあらわしています。

川の深い、浅いは岸から見ると見当がつかないもの。

一見ゆるやかで穏やかに見えても一歩進んでみると、思ったよりも水深があって、足を取られてしまうこともあります。

「深淵」も川の深みのように、推しはかることのできない未知の領域をあらわします。

思わずゾッとするような、ほの暗い奥深さが「深淵」です。

「深遠」と「深淵」の違い

「深遠」と「深淵」の違い

どちらも「しんえん」と読めます。

「深遠」「深淵」の違いを、分かりやすく解説します。

「不気味」という訳もある深淵
「深遠」「深淵」はどちらも、同じ「奥深さ」をあらわす言葉です。

深々としていて、浅くはないものが「深遠」「深淵」です。

深遠は「深遠の哲学」など、おもに思想や主義に対して用います。

1日や2日などの短い時間では学びきれないもの、スケールが大きい世界観が深遠です。

一方で深淵は、物事の深みをあらわす言葉です。

全容がつかめないくらい巨大なもの、不確かなものに対して用います。

そのため、この世の物とは思えないくらい薄気味悪いものに対しても「深淵」は利用されています。

例えば哲学者・ニーチェが残した格言に、次のようなメッセージがあります。

「深淵をのぞくと、深淵もまたこちらを見ているのだ」これは目的を見失ってしまうと、自分も怪物のようになってしまう恐れがあるということ。

ミイラ取りがミイラになる様子をあらわしています。

深遠が奥深い学問を伝えるのに対して、深淵は極限のない恐ろしさ、闇をあらわす熟語になります。

まとめ

まとめ

「深遠」「深淵」の違いを分かりやすくお伝えしました。

どちらも「しんえん」と同じ読み方をします。

深遠とはすぐには理解できないくらい、奥深いこと。

学問や教義が奥深く、学びがいがある様子をあらわしています。

そして深淵とは、底知れないくらい深いこと。

実体がどのくらいか見当もつかないくらい、おぼろげで怪しげなことです。

知識を深めていきましょう。