「危篤」と「臨終」の違いを分かりやすく解釈

スポンサーリンク
スポンサーリンク
「危篤」と「臨終」の違い 言葉・カタカナ語・言語
スポンサーリンク
スポンサーリンク

この記事では、「危篤」「臨終」の違いを分かりやすく説明していきます。

「危篤」とは?

「危篤」(きとく)とは、今にも亡くなる寸前だという容態の表現になります。

原因は抱えていた病気、突然の事故など様々で、この言葉で表現されると、そこから持ち直すのは難しい場合も少なくありません。

しかしながら、もう亡くなるのは時間の問題だという訳でもなく、「一時期は危篤状態だったが、そこから回復し、今では小康状態を保っている」などと使われることも多い言葉で、死の一歩手前という状態には変わりませんが、もう何も打つ手がないという意味ではありません。

「臨終」とは?

「臨終」(りんじゅう)とは、亡くなってしまう瞬間を表現する言葉です。

その意味から、基本的にこの言葉はその人の死後になってから使われるものです。

つまり、「臨終」という状態を迎えると、間違いなく、そのまま死亡することになります。

この言葉は、死亡した瞬間に「ご臨終です」と使われることで有名ですが、その他に「臨終の間際に~」といったような使われ方もあり、この場合には死の直前に~という解釈になります。

つまり、「臨終」は、死を迎えたその瞬間に対してのみ使うことができる言葉です。

「危篤」と「臨終」の違い

「危篤」「臨終」の違いを、分かりやすく解説します。

「危篤」は、今にも死亡すると見られる状態の表現ですが、必ずそうなるとは限らず、そこから回復することも珍しくありません。

「臨終」は、死の瞬間という表現になる為、ここから回復することはありません。

死の間際と表現できなくもありませんが、それとは少し異なり、死亡したと分かった時点がこの「臨終」と呼ばれる状態です。

まとめ

「危篤」「臨終」は、このように違う意味の言葉です。

「長らく危篤状態が続いた後、そのまま臨終となった」のようにセットで使われることも多い為、これらの違いをきちんと理解しておきましょう。