この記事では、「庄屋」と「地主」の違いを分かりやすく説明していきます。
「庄屋」とは?
「庄屋(しょうや)」とは、「江戸時代の村役人としてあった地方三役(村方三役)の一つ」を意味しています。
「庄屋」というのは「庄屋(名主・肝煎)・組頭(年寄)・百姓代という地方三役(村方三役)の職名の一つ」であり、村政を担当する地方三役の中では最も高い地位にある村長のような役職でした。
「庄屋」という呼称は関西地方・北陸地方で多く使われていて、関東地方では「名主(なぬし)」、東北地方では「肝煎(きもいり)」と呼ばれることが多かったとされます。
「地主」とは?
「地主(じぬし)」という言葉は、「土地の所有権を持つ者・土地の所有者」を意味しています。
「地主」の表現には、「所有する田畑などの土地を小作人などに貸し付けて耕作させ、その代償として地代(小作料・収穫の一部)を取り立てる有力な社会階層」といった意味のニュアンスがあります。
名田(私的な田畑・土地)を所有・支配する社会階層として、「地主」の言葉が用いられ始めたのは江戸時代からですが、現代においても「土地の所有者・所有する土地を貸し付けて地代を稼ぐ人」の意味合いで使われます。
「庄屋」と「地主」の違い!
「庄屋」と「地主」の違いを、分かりやすく解説します。
「庄屋」も「地主」も「江戸時代の村落における有力者・名士」という意味を持っている点では似ていますが、「庄屋」というのは「江戸時代の村落全体の村政を担っていた地方三役(村方三役)の首長」のことを意味しています。
「地主」はあくまで「土地を所有する者・土地の所有者」を意味している言葉であり、「地主」が「庄屋」になっていることは多くても、「地主」の言葉そのものに「庄屋」のような「江戸時代における村役人・地方三役のトップ」といった意味合いまではありません。
また「地主」の言葉は近代以降も現代に至るまで使用されていますが、「庄屋」という言葉は現代では死語になっていてその役職も存在しません。
まとめ
「庄屋」と「地主」の違いを説明しましたが、いかがだったでしょうか?
「庄屋」とは「江戸時代に領主の下で村政全体を担当していた地方三役(村役人)の一つ・村方三役におけるトップ」を意味していて、「地主」は「土地を所有する人・小作人に土地を貸して耕作させ、地代・小作料を取る有力な社会階層」を意味している違いがあります。
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