「私見」と「所見」、「知見」の違いとは?例文も挙げて詳しく解説!

「私見」と「所見」、「知見」の違い言葉・カタカナ語・言語

「私見」「所見」「知見」という3つの言葉について、意味や使い方の違いを見ていきます。

「私見」の意味や使い方

「私見」の意味や使い方

「私見」は、「しけん」と読む言葉で、「自分なりの意見」という意味で使います。

そして、それを言わせていただきたいと用いる表現の為、相手より下から使うことになります。

例を挙げると、「あくまで私の私見ですが~」などという使い方になります。

ですが、前後の文体まで必要以上に丁寧にする必要はなく、「私見だが、言わせていただく」のように使っても構いません。

しかし、その場合でも謙譲表現として使っていることには変わりません。

「所見」の意味や使い方

「所見」の意味や使い方

「所見」は、「しょけん」と読んでください。

「自分が思う所では」という解釈で使う言葉で、上の「私見」と似ていますが、「自分なりの考察」を含んだ意見として広く使うことができます。

また、「私見」とは違って下から使う言葉ではない為、「これから自分の所見を述べる」と使った時には、見た目の(聞こえる)表現だけでなく、謙譲の意図は含んでいません。

それになりに考えた、またはこれまでの自分の経験と照らし合わせた結果という解釈になると覚えておくといいでしょう。

「知見」の意味や使い方

「知見」の意味や使い方

「知見」は、「ちけん」と発音します。

「自分の知識や経験」という解釈で使う言葉なので、「私見」「所見」とは多少異なる意味になりますが、「知見から言わせてもらうと~」といった使い方をすると、「所見」に近い表現として用いることができます。

「意見」という意味は含まない為、「知見を増やす」「知見に乏しい人だ」のようにも使うことができ、実際に体験したことだけでなく、知識として見聞きしたことも合わせて使う言葉です。

「私見」を使った例文と意味を解釈

「私見」を使った例文と意味を解釈

「私見」を使った例文と、その意味の解釈です。

この言葉を使うと、必ず謙譲表現になります。

「私見」を使った例文1

「これは私見に過ぎませんが、少し難しいと考えます」

相手より下から、自分の意見に過ぎないが、難しいのではないかと伝えています。

このように、それに過ぎないと用いる場合が多いと考えていいでしょう。

「所見」を使った例文と意味を解釈

「所見」を使った例文と意味を解釈

「所見」を使った例文と、その意味の解釈になります。

こちらは自分のそれであるとはっきり使える言葉です。

「所見」を使った例文1

「所見では、それで構わないと考えています」

自分が思うには、それでいいのではないかと言っている例になります。

特に下から伝えている訳ではなく、ここでは丁寧に使っているだけです。

「知見」を使った例文と意味を解釈

「知見」を使った例文と意味を解釈

「知見」についても例文と意味の解釈をしていきます。

「知識」との違いになる例文です。

「知見」を使った例文1

「様々な知見からの意見は、単なる知識とは違ってとても参考になる」

「知見」とすると、実際の経験も多分に含んだ表現になる為、「知識」より役に立つことが多いと考えることができます。

「知識」も含んだ言葉ですが、それだけに留まらない(経験も含む)と解釈して使ってください。

まとめ

まとめ

ポイントとしては、「私見」が謙譲の意図がある言葉だという点です。

その為、そのような使い方はしない時には「所見」の方を使うといいでしょう。