この記事では、「粛清」と「粛正」の違いを分かりやすく説明していきます。
「粛清」とは?
「粛清」は、政治体系において、対立するものを排除することで排除方法は、対立者を武力で排除することや暗殺という方法で存在そのものを抹消することです。
なお、「粛清」は徹底的に反乱分子や反対因子になる者を排除することを指すため、排除される側は子孫や親類という存在も反乱分子や反対因子として処理されます。
「粛正」とは?
「粛正」は、不正行為を取り締まることで、その取り締まりが厳しい様です。
つまり、取り締まりだけは厳しいが別に取り締まりの対象の命を奪うことはなく、あくまで厳罰が厳しいのが「粛正」になります。
「粛清」と「粛正」の違い
「粛清」と「粛正」の違いは、反対意見や害をなすものがいた場合、その人物を完全に葬り去るか違反行為だけを取り締まるかです。
「粛清」は、反乱因子の抹消、「粛正」は違法者を厳しく取り締まると覚えるとよいでしょう。
「粛清」の例文
・『儒教の教えは粛清を行うことで保たれる』
これは、儒教の本質を述べた例で、儒教そのものは、実は粛清ありきで成立しているという例です。
というのも、儒教の教えはいわば報復合戦で、復讐する権利がある物については徹底的にそれを行うことを秩序であるとしています。
その為、この教えが日本で広まらず、仏教と相成れない思想であるのは、この報復合戦という物が日本人の思考に合わなかったが故です。
「粛正」の例文
・『腐敗政治の粛正を行う』
この言葉は、政治体制が腐敗しており、正しくない政治体制になったが故それを元通りの政治体制に戻すべく取り締まりを行い、腐敗者を厳重に処罰することを行うという例です。
つまりは、国家や法律の正常化を行うことを意味し、違法行為を行う政治家を処罰して追放までを行う運動を意味します。
なお、こうした国家が間違っている、政治家が間違っているということを述べる場合、国家の定めた法律が機能をしていることを条件に政治家や国家の間違いを正すことができ、国家の法律が機能していない、もしくは国家の法律が都合の良いものに変えられている場合、「粛正」は機能をしないです。
まとめ
「粛清」と「粛正」の違いは処罰を受ける人民の命までを取るか、取らないかであると言えます。
「粛清」は、人民を反乱分子としてみなし、兄弟や親族の他親に至るまでを処罰対象とし抹消を計ります。
つまり、根絶やしにすることで逆らうものを無くす、もしくは復讐を願う者をすべて葬り去ることで事故の耐性を維持するのが「粛清」です。
逆に「粛正」は、命を取りはしませんが厳重な罰を違法者には与え、時には追放という処分も行いますが対象は死ぬことはありません。
ただ、「粛清」という考え方は、実はアジアでは根強い考え方で、儒教がその「粛清」を当然であるとした学問に当たり、中国では一つの思想の一つとして考えられています。
ですが、日本では、「粛清」を主とする儒教は広がりを見せず、これは日本人が報復合戦を嫌ったが故です。