「得られる」と「獲られる」の違いとは?分かりやすく解釈

「得られる」と「獲られる」の違い言葉・カタカナ語・言語

この記事では、「得られる」「獲られる」の違いを分かりやすく説明していきます。

「得られる」とは?

「得られる」とは?

「得られる」は、対象が自発的にそれを入手することが可能であることを示します。

「得る」は、入手することや身に付くことでそれを自発的に周囲に知らせる場合、「得られる」と呼べば周囲は何かを入手したり、能力などを身に付けることができるのだと認識します。

その為、「得られる」は自分が発信者となって周囲にそうなりますと公言することです。

なお、「得られる」は能力をあくまで能力を身に付けることができるかも、という表現で実際に何かを入手したり能力が身に付くかは分かりません。

「獲られる」とは?

「獲られる」とは?

「獲られる」は、捕獲するという行為について可能性を秘めている言葉で、結論を述べず、自発的にそうなりますと述べています。

つまり、捕獲ができますと述べているだけが、「獲られる」で実際に捕獲できた場合、「獲た」「獲る」といえば、捕獲できたのだと周囲は理解します。

「得られる」と「獲られる」の違い

「得られる」と「獲られる」の違い

「得られる」「獲られる」の違いは、自発的に何かを入手したり能力を手に入れたと言うか、捕獲によって何かを捕まえたことを自発的に言うかです。

『得られる」は何かを入手したり、能力の取得ができるかもしれないことを自発的に周囲に公言する、「獲られる」は対象を捕まえる可能性があることを公言します。

「得られる」の例文

「得られる」の例文

・『君という人材を助けて私が得られるものはなんだ?』
この例は、君と言われている対象を助けることで入手できるものは何だと言われています。

これは、君と述べる人物が自発的に君と言われる人物に対して発言していて、対象を助けることで入手できる利点を述べよと言っているのです。

逆を返せば、利点がないのではないかという圧力を君という人物に対して放っています。

「獲られる」の例文

「獲られる」の例文

・『この近海では、アジが獲られる』
この例は、周囲の人に対して、この海周辺では味が獲られますよと述べています。

「獲られる」は自分から情報を発信することで、「獲られる」は、人間側が工夫して対象を取得数することでこのケースは対象はアジです。

まとめ

まとめ

「得られる」は、どちらかというと能力や必然的に入手もしくは偶然入手できる物のことでそれを自分から述べる場合に使用します。

そして、「獲られる」は人間の工夫で捕獲という方法で取得することを周囲に公言することなので両者の違いは、人間が工夫をもってなし得るか、努力や偶然などが作用して手に入れるかです。

その上で、「得られる」は悪の親玉などが自分から周囲に対してどのようなものを受け取ることができるかを公言していますので、結論をきちんと述べないと親玉の人はおそらく対象を不要な存在と認識します。

逆に、「獲られる」は、おおよその取得できるものが述べられていますので、悪の親玉に対してこちらの言葉を使用しても悪の親玉はそれが欲しいなと願っていればお礼を言う可能性があり得ます。

たとえそれがチョコレートの材料であるカカオ豆だったとしても、親玉が「カカオ豆が獲られる」という言葉にありがたいと言い出せば恐らく対象は利用価値があるとみなし、人物を不要だと思わないはずです。