正しい心を意味する言葉として「高潔」と「潔白」がありますがどのような意味の違いがあるのでしょうか。
今回は、「高潔」と「潔白」の違いについて解説します。
「高潔」とは?
「高潔」とは「人として立派で正しさを持っていること」を意味する言葉です。
「高潔」には「優れた人格」という意味合いが含まれています。
「私利私欲で動くことなく正義を尊重し誰が見ても尊敬に値するような誇り高いさま」を指して「高潔」と表現します。
人柄や思想に対して使われる言葉ですが人並み外れて心根が優れていることを表しているので少し立派だったりちょっと優秀だったりする程度では使われず、容易には得難い精神的な傑物に対してのみ用いられる表現です。
東洋的な価値観では「徳の高い人物」という表現が「高潔」に当てはまります。
世俗のことに左右されずひとりの人間として正しい振る舞いを常とする人こそが「高潔」であり、評判を気にしたり出世を求めたりすることなくひたすらに自分が信じる正義にまい進するような素晴らしい人柄を指す言葉が「高潔」です。
「高潔」の使い方
・『私の恩師は高潔な人柄で多くの人から好かれていた』
・『貧しい暮らしで高潔を貫く』
・『彼はみすぼらしい見た目とは裏腹に高潔な心の持ち主である』
・『裁判官には高潔であることが求められる』
「潔白」とは?
「潔白」とは、「けがれがなく清らかであること」を意味する言葉です。
「潔白」は「清廉潔白」という四字熟語を省略した言い方です。
「潔白」の「白」は「何物にも染まっておらず汚れやくもりがないこと」を意味します。
「腹黒い」といったように悪い考えやよこしまな事実のことを色に例えて「黒」と表現しますが、「白」はその逆で「悪い考えがなくまっさらな正義」を表しています。
真っ白なものにわずかでも黒が混じってしまうと純白ではなくなってしまいますが、「潔白」は悪い黒が混じっておらず一点のよどみもない真っ白な状態、つまり「後ろめたいことや後ろ暗いところが全くない清らかな心」を表すものとして使われる言葉です。
「汚れがない」から転じて「罪を犯しておらず無罪である」という意味でも使われます。
罪を疑われたときに「潔白」であると主張する場合は「疑いは誤りであり罪を犯していない」と主張していることになります。
「潔白」の使い方
・『裁判で潔白を証明する』
・『彼が潔白であることに何の疑いもない』
・『潔白を証明するために多くの人が協力する』
・『彼の生活は質素で慎ましく、まさに潔白と世部にふさわしい暮らしぶりだ』
「高潔」と「潔白」の違い
「高潔」と「潔白」の違いは「尊敬の念」です。
「高潔」とは正しい振る舞いが尊敬の念を集めている様子を表す言葉です。
周囲の人間から評価され信頼を形成しているのが「高潔」であり、振る舞いの正しさという絶対的評価と他者からの尊敬という相対的評価の二つの要素で成立しています。
「潔白」は清らかで汚れのない様子を表す言葉で周囲とは無関係にそのものの正しさによって成立する表現です。
周囲が疑っていたり信じられていなかったとしても事実として後ろ暗いところがなく正しいのであれば「潔白」が成立します。
人から認められているのが「高潔」、単独で正しさを貫いているのが「潔白」という違いがあります。
まとめ
「高潔」と「潔白」はどちらも正しさや清らかさを意味する言葉ですが具体的な意味合いはそれぞれ異なります。
言葉の意味を正しく理解しふさわしい表現を用いましょう。