「余情」と「余韻」の違いとは?分かりやすく解釈

「余情」と「余韻」の違い言葉・カタカナ語・言語

素晴らしい物事に出会った時、「余情」「余韻」を感じることがあります。

この記事では、「余情」「余韻」の違いを分かりやすく説明していきます。

「余情」とは?

「余情」とは?

「余情」とは、詩や詩、または文章などで、後まで残る、しみじみとした味わいのことを言います。

「よじょう」または、「よせい」と読みます。

「余情」を使った例をご紹介します。

『花鳥余情(一条兼良による「源氏物語」の注釈書)』、『余情を残す』、『余情残心(茶道で用いられるおもてなしの言葉で、茶事の客が帰った後も、残った茶を飲みつつ、茶事の反省をし、客のことを思い続けること)』「余情」と似たような言葉をいくつか挙げてみます。

「趣き」はしみじみとした味わいや、それらしい感じを与えるさま、あるいはある内容に伴う感じなどの意味があります。

「風情」は味わいのある様子や、もてなしの意味合いを持っています。

「情緒」とは、複雑な感情の動き、または感情の動きを誘うような雰囲気や気分のことを言います。

「余韻」とは?

「余韻」とは?

「余韻」とは、後に残る響き、趣きや味わいのことを言います。

「余韻」が使われている例としては、『余韻が残る風情』、『勝利の余韻に浸る』、あるいは『一人静かに名曲の余韻を味わう』などがあります。

「余韻」の類語をいくつか見てみましょう。

「侘び寂び」は、「侘び」「寂び」が合わさった言葉です。

静かで落ち着いた閑寂の中に、枯れた味わいや趣きがあるという意味が込められています。

これは日本特有の美や感覚の一つと言われています。

「名残り」とは、物事が過ぎ去った後に、その影響として残っているものや、過ぎ去ろうとするものを惜しむ気持ちなどの意味があります。

「残響」は、音がとまった後まで残る響きのことです。

「余情」と「余韻」の違い

「余情」と「余韻」の違い

「余情」「余韻」の違いを、分かりやすく解説します。

「余情」は、後まで残る、しみじみとした味わいのことです。

一方、「余韻」とは、後に残る響き、趣きや味わいのことを表します。

「余情」「情」は、なさけや心、または気持ちなどの意味を持っています。

そこから、それが余る、すなわち残ると言う意味だと分かります。

「余韻」「韻」には、音色や響きなどの意味があります。

なので、「余韻」はそれが残るという意味になります。

まとめ

まとめ

本当に大切なものは目には見えないと言われます。

「余情」「余韻」もそれに含まれるでしょう。

素晴らしいものや感動する体験をした後に起こる、「余情」「余韻」という感情は、幸福を感じることができます。

素敵な人生を送るためにも、そのような体験を数多くしていきたいものです。

目に見えるものも、最初は誰かの想像から生まれたものもあります。

また、自然の美しさはどんなに人間が頑張っても作り出すことはできないでしょう。

日本独特の美意識は、美しい自然から生み出されたものが多くあります。

このような素晴らしい感性が持てる、素晴らしく感動できる世界を後世に引き継いでいきたいものです。