「夜叉」と「般若」の違いとは?分かりやすく解釈

「夜叉」と「般若」の違い言葉・カタカナ語・言語

この記事では、「夜叉」「般若」の違いを分かりやすく説明していきます。

「夜叉」とは?

「夜叉」とは?

「夜叉」は、元々仏教に登場した仏教徒を守る鬼で、異教徒の人を食べる鬼だったんですが、さすがに仏教を守るために異教徒を食べる鬼を野放しにしていたのでは仏様は何をしているのかという問題になり、鬼の子供を隠して子供がいなくなるというつらさを味合わせようということで実際に鬼の子供を隠したところ、悲しみに暮れたのがこの「夜叉」になります。

ちなみに子供を隠された「夜叉」は、人間の子供を食べることや人の親を食べることはいけないことだと学習したのは自分の子供がいなくなったが故、いけないことであると学習し、仏の慈悲で再度子供に合うことで仏教を守る真の守り神になりました。

「般若」とは?

「般若」とは?

「般若」は単に嫉妬心から人間が鬼に変貌しただけで、元々は人です。

よって、恐ろしい形相をしていますが実はあれは人間が織りなす嫉妬の顔でだれかわからない暗い顔が変貌していることから、お面などで顔を隠せばだれかわからなくなるということで「般若面」というものが生まれました。

「夜叉」と「般若」の違い

「夜叉」と「般若」の違い

両者の違いは、鬼と人間であるという違いがあり、「夜叉」は、異教徒を食べる人食いの鬼で「般若」は嫉妬に狂う人間です。

「夜叉」の例文

「夜叉」の例文

・『夜叉は実はヒンドゥー教においては女神様である』
この例は、夜叉という鬼は、実は、宗教が異なれば、女神様であるという例です。

日本の仏教では子供を隠された鬼ですが、ヒンドゥー教では実は「夜叉」は女神さまになります。

「般若」の例文

「般若」の例文

・『部長が般若の形相である』
この例は、部長と呼ばれる方がものすごい形相であるという例で、鬼のような顔をしているという例になります。

なお、「般若」は女性が変貌することなのでこの型は女性である確率がかなり高いです。

なお、「般若」は、嫉妬で怒りに満ちたと同時に悲しみも持ち合わせるので実際に「般若の形相」というものは怒りに満ちているだけではなく、複雑な顔をしていることを意味します。

まとめ

まとめ

「般若」については、これは嫉妬によって狂う人間の顔のことで、悲しみに怒りなど様々なマイナスの感情の身が凝縮されているが故恐ろしいのです。

一方、「夜叉」については、エピソードにおいては悲しいエピソードですが、自業自得で相手の気持ちを考えることを理解しない場合、相手側が同じことをしたらどう思うかを理解しろという考えに基づいています。

これは仏教特有の考え方で、相手を理解してこそ自分を理解するといい考えで、相手が嫌なら自分も嫌だろうという精神のことです。

ただ、これはあくまで仏教の場合で、ヒンドゥー教の場合、「夜叉」という人物は日本でいう毘沙門天さんの部下の一人でOLのような立ち位置でお仕事をしている女神さまの一人です。

ちなみに、毘沙門天さんの部下は割と女神さまが多く、OLで構成されたチームのトップに毘沙門天さんがいると考えるとわかりやすいでしょう。