この記事では、「感銘」と「肝銘」の違いを分かりやすく説明していきます。
「感銘」とは?
「感銘」は、心に深く刻み付けるほどの感動を覚えることです。
よって、「感銘」を受けるというのは深く感動したことを意味します。
なお、感という言葉は心が動くことにあるため、心が動かない場合、「感銘」ではないです。
「肝銘」とは?
「肝銘」は、意味においては、「感銘」と同じで心が動くことです。
そのうえで、心が動くということは、「肝臓」のような臓器が感動を覚え、感動を覚える場所は心臓であるであると考えたのが、「肝銘」になるのですが、実は感動を覚えるという行為自体は、頭が理解するため、実のところ、肝臓は一切感動を覚える臓器ではない点にあります。
「感銘」と「肝銘」の違い
両者の違いは、実のところ同じであえて違いを挙げるとすれば、「肝銘」については、心が感動する部門が肝臓のように臓器の一部が感動を理解すると考えたという違いです。
「感銘」は、感動するということを臓器が理解すると考えていないのが両者の違いになります。
「感銘」の例文
・『偉人の言葉に深く感銘を覚える』
この例は、偉人が残した言葉は深く心に刻み付くほど感動したという例です。
「感銘」は、感動を覚え、かつ深く心に刻むことなので即座に忘れることではありません。
よって、即座に忘れるかもしれないのは単なる感動です。
逆を返せば、即座に忘れる程度であれば、偉人の残した言葉は大したことがない言葉だったということです。
「肝銘」の例文
・『肝銘』
・『部長の言葉は肝銘を受けるほどの言葉ではないと思われる』
この例は、部長が述べた言葉は別に深く感動して、忘れないくらい立派なものであると思わないという否定をしています。
つまり、部長が述べた言葉というのは、自分から見れば大したことがない言葉で別に感動も覚えないというものです。
ただ、周囲が感動しているように見せている場合、部長という立場を考えて、感動して、素晴らしい言葉であるが故、忘れられない言葉だと部長に述べた方が利得であるとも取れるのがこの例になります。
まとめ
「感銘」と「肝銘」については、まったく同じ意味です。
しかし、あえて違いを出すとすれば、「感銘」は、感動を覚えることを意味するだけで、感動を覚える場所については記載してません。
逆に、「肝銘」は、感動を覚える場所が肝臓のように臓器であるとしているため、両者の違いは、感動を覚える場所を述べているか否かで言葉の意味は同じです。
これは、昔の人が感動を覚える場所が心であると定め、心臓であると定めたが故「肝銘」と呼ぶのであって、実際には感動するかどうかは脳が判断するので実のところ「肝銘」という言葉は、臓器ではなく脳なので間違った言葉であるとも言い切れます。
昔は、肝と言う文字を心臓のことで心のことだと定めたが故、このような違いが生まれただけで実のところ、両者は同じであり、感動を覚えるところは心臓ではないということです。