スポンサーリンク

「笠懸」と「流鏑馬」の違いとは?分かりやすく解釈

スポンサーリンク
スポンサーリンク
「笠懸」と「流鏑馬」の違い専門用語・業界用語
スポンサーリンク
スポンサーリンク
スポンサーリンク

この記事では、「笠懸」「流鏑馬」の違いを分かりやすく説明していきます。

スポンサーリンク

「笠懸」とは?

「笠懸」とは?

「笠懸」という言葉には、どのような意味があるでしょうか。

「笠懸」「かさがけ」と読みます。

「笠懸」は、「走る馬に乗りながら、的に鏑矢を放ち的を射る、日本の伝統的な騎射の技術、儀式」という意味があります。

「鏑矢(かぶらや)」は、矢の先端につける武具、鏑を付けた矢のことで、鏑は円筒型、円錐型をしています。

「流鏑馬」「犬追物(いぬおうもの)」と並び、「騎射三物(きしゃみつもの)」と称されました。

「笠懸」の歴史は古く、11世紀には、藤原氏の警護を担当していた、源氏の家人たちが行っていたと言われています。

戦場での騎射や、狩りにおいて、確実に標的に当てるためのけいことして、行われていました。

平安時代になると「笠懸」は盛んにおこなわれるようになり、鎌倉時代には最盛期を迎えました。

しかし、鎌倉幕府が衰退するとともに、「笠懸」も行われなくなっていきます。

現在は、武田流、小笠原流などが「笠懸」の作法を保存していて、お祭りの際に見ることができます。

「流鏑馬」とは?

「流鏑馬」とは?

「流鏑馬」という言葉には、どのような意味があるでしょうか。

「流鏑馬」「やぶさめ」と読みます。

「流鏑馬」「疾走する馬に乗りながら、鏑矢で的を射る技術、技法」を意味します。

日本の古式弓馬術のひとつとなり、馬術と弓術を組み合わせたものとなります。

「流鏑馬」は6世紀に、九州の宇佐において、天下平定、五穀豊穣を祈願し、欽明天皇が記者に優れた部下に、馬上から的を射させたのが始まりとされています。

一時下火になりますが、鎌倉時代になると、源頼朝が復活させたと言われています。

鎌倉幕府の本拠地となった、『鶴岡八幡宮』では、47度も「流鏑馬」が奉納されたと伝わっています。

現在は、武田流や小河原流が「流鏑馬」の作法を伝承している他、神社の神職やその氏子、また保存会によって受け継がれていて、お祭りなどのイベントで実施されています。

「笠懸」と「流鏑馬」の違い

「笠懸」と「流鏑馬」の違い

「笠懸」「流鏑馬」の違いを、分かりやすく解説します。

「笠懸」は、「走る馬に乗りながら、的に鏑矢を放ち的を射る、日本の伝統的な騎射の技術、儀式」という意味があります。

「流鏑馬」にも同じ意味があります。

どちらも、鎌倉幕府の時代に最盛期を迎えた、馬術と弓術を組み合わせた技術となります。

ただし、「笠懸」は稽古のため、「流鏑馬」は余興として、また騎射の腕を競う勝負事として行われていたという違いがあります。

そのため、儀礼的な性格を帯びた「流鏑馬」と、実践的な騎射を行うのが「笠懸」という違いがあると言われています。

まとめ

まとめ

「笠懸」「流鏑馬」の違いについて見てきました。

とても似ている「笠懸」「流鏑馬」の違いを知ることで、テレビなどで見る、馬に乗って弓を射る映像を見たとき、どちらを行っているか、区別できるようになるかもしれません。

スポンサーリンク
スポンサーリンク
専門用語・業界用語
スポンサーリンク
言葉の違いが分かる読み物