この記事では、「見紛う」と「見違える」の違いを分かりやすく説明していきます。
「見紛う」とは?
「見紛う」という言葉には、どのような意味があるでしょうか。
「見紛う」は「みまがう」と読みます。
「見紛う」は、「見間違える。
見誤る」という意味があります。
例えば、目の前に恐竜がいたとしたら、すぐに恐竜だとわからず、あまりの大きさのためにビルと見間違えるかもしれません。
このような場面を「ビルと見紛うほどの巨大な恐竜」などと言う文章にできます。
また、泥のように眠っている人を見たとき、一瞬死体と見間違えてしまい、驚くことがあるかもしれません。
このような場合、「死体と見紛う様な姿で、熟睡している人」などと言う文章にできます。
さらに、見間違えるはずがないというときに、「見紛う」という言葉を使うことがあります。
例えば、10年ぶりに会った初恋の人を見たとき、「10年ぶりとはいえ、初恋の人以外に、見紛うはずがなかった」などという文章にできます。
他にも、「壁と見まがうような造りのドア」などという文章を作ることができます。
「見違える」とは?
「見違える」という言葉には、どのような意味があるでしょうか。
「見違える」は「みちがえる」と読みます。
「見違える」は「見て、他のものと思う」という意味があります。
あまりの変化があり、同じもの、同じ人なのに、違うもののように思える時、「見違える」という言葉を使います。
例えば、小さな子供のころに遊んでいた人が、数年後、すっかり立派になっていた場合、違う人のように思えるため、「見違えるほど立派になった」などという文章にできます。
また、安いお肉を買ってきたけれど、調理法を工夫したため、他の高い肉と間違えるほど美味しくなることがあります。
このような場面で、「調理法を変えたら、見違えるほど肉が美味しくなった」などと言うことができます。
さらに、あかぬけない雰囲気の女性が、美容室でお洒落にカットとスタイリングをしてもらったら、別人のようにきれいになる時、「美容室で見違えるほどきれいにしてもらった」などと表現することができるでしょう。
「見紛う」と「見違える」の違い
「見紛う」と「見違える」の違いを、分かりやすく解説します。
「見紛う」は、「見間違える。
見誤る」という意味があります。
一方で「見違える」は「見て、他のものと思う」という意味があります。
「見紛う」は、単純に何かと何かを見間違えることを意味する言葉なのに対して、「見違える」は、以前に比べて立派になる、素敵になるなどのポジティブな変化があり、別の何かに見えるという場合に使います。
このように、「見紛う」は、単に見間違えることを意味し、「見違える」は、ポジティブな変化により、以前と違って見えるようになることを意味するという違いがあります。
まとめ
「見紛う」と「見違える」の違いについて見てきました。
2つの言葉の違いを知ることで、きちんと使い分けることができるようになりそうです。