この記事では、「無下」と「無碍」の違いを分かりやすく説明していきます。
「無下」とは?
むげと読み、 全く問題にならないこと、間違いなくそのものであること、冷たくあしらうことなどの意味合いがあります。
「好意を無下にされる」「無下に扱われる」という言葉が比較的使われる例で、冷たくあしらう、問題にしないという意味合いになっています。
無下なりと言う言葉ではまさにそのとおりという意味合いになりますが、非常に使用例が少ない言葉でもあります。
また、程度が並外れている、非常にひどいものであるという意味合いもありますがこちらも使用例が少なくなっています。
無下になど冷たくあしらうことの対義語は親切にする、丁寧に扱う、この上ないという意味合いを持つ無上にするなどが挙げられます。
「無碍」とは?
むげと読み、碍になるものがないという意味で、碍は妨げになることがないということになるため、自由であるという意味になります。
「無碍に意見を出し合う場である」「無碍な発想」などの使い方があり、冷たくあしらわれてしまう、台無しにされてしまうと言った使い方は誤用で、意図としては無下に扱われると同じです。
なお、無碍という言葉は字の難しさ、自由という言葉が圧倒的に普及していることからあまり広くは使われていませんが、融通無碍などの言葉が僅かに商標などで使われているケースがあります。
融通無碍は自由でのびのびとしている、つかえたり滞るものがないと言った意味合いになっています。
実際に口に発してしまうと無下と無碍の区別がつきにくいことも広く使われていないことの一因ではあり、「君たちは無碍だ」というと自由だという意味合いになりますが、無下という意味合い、ひどいものであると言った意味に取られないこともなく、主に文章での使用がメインの言葉と言えます。
「無下」と「無碍」の違い
「無下」と「無碍」の違いを、分かりやすく解説します。
ともにむげと読み、無下は意味が広く、台無しにする、冷たくあしらうなどよく使われる意味合い以外に、これ以下はないひどい有様、間違いなくそのものであることなどの意味があります。
「気持ちを無下にされる」では冷たくあしらう、台無しにされるという意味です。
無碍の誤用としても「気持ちを無碍にされる」という例がありますが、無碍は妨げるものがないという意味があるためこの場合気持ちを自由にされるという意味合いにも取れてしまいます。
誤用の無碍はかなりケースが多く、文脈から判断するしかない現状ですが、本来の意味である自由という意味合いは他の言葉で代用が効くため、やや難しい言葉遣いとなっています。
無下の方が広く使われていると言えるでしょう。
まとめ
無下と無碍は全く意味が異なっていますが、自由という意味の無碍の誤用で無下ということは少なく、冷たくあしらわれてしまうという意味の無下の誤用で無碍というケースが多くなっています。
どちらかと言うと文字表現に向いた言葉と言えます。